2021-22シーズンから佐賀バルーナーズのHC就任
宮永雄太さんは2021-22シーズンより佐賀バルーナーズのヘッドコーチ(HC)兼ゼネラルマネージャー(GM)に就任しました。
2021年6月に就任発表が行われ、当時B2リーグだった佐賀の指揮を執ることになります。
就任初年度からチームを牽引し、翌2022-23シーズンには見事B2リーグ優勝とB1昇格を達成しました。
佐賀バルーナーズはBリーグ参入3年目で宮永HCを迎え、新体制で「地域に愛されるクラブ」を目指す挑戦が始まりました!
宮永雄太HCのプロフィールと愛称
宮永 雄太(みやなが ゆうた)さんは1981年8月1日生まれ、北海道富良野市出身の元プロバスケットボール選手です。
現役時代の身長は約183cm、体重80kgで、ポジションはポイントガード(PG)でした。
学生時代から全国大会で活躍し、後述するように高校・大学で全国準優勝を経験しています。
愛称について公式な記載は特にありませんが、現役当時のチームメイトからは「ユータ」などファーストネームで親しまれていたようです!
選手時代の実績とプレースタイル
宮永HCは東海大学第四高校、大東文化大学を経て、2004年に社会人リーグの強豪・東芝ブレイブサンダース(現川崎ブレイブサンダース)に入団しました。
ルーキーイヤーの2004-05シーズン、東芝はJBLスーパーリーグで優勝を果たしており、宮永選手もその一員として日本一を経験しています。
その後リンク栃木ブレックス(現宇都宮)、千葉ジェッツなど複数のトップリーグチームで活躍し、2016年には地元北海道のレバンガ北海道へレンタル移籍、最後は富山グラウジーズで2018年までプレーしました。
通算14年の選手キャリアを振り返り、「無我夢中で駆け抜けた」とコメントするほど充実した現役生活でした。
プレースタイルの特徴として、宮永選手は元々シューティングガード(SG)からポイントガード(PG)にコンバートされた経緯があり、状況に応じて得点もゲームメイクもできるコンボガードでした。
堅実なボールハンドリングと視野の広さでチームをまとめ、ディフェンスにも定評がありました。
実際、東芝時代の恩師・北卓也HC(当時)は「東芝は守備の良いチーム。宮永はその中でポイントガードとして指揮を執り、チームディフェンスの要となった」と語っています。
派手さこそないものの、縁の下の力持ちとしてゲームをコントロールし、どのチームでも貴重なベテランガードとして信頼される存在でした。
実家はバスケ一家なのか?
近年は渡邊雄太選手(NBA)など両親も元選手という“バスケ一家”出身のケースも話題になりますが、
宮永HCの場合、ご実家が特別なバスケットボール一家だったという情報は見当たりません。
少年時代にバスケを始めたきっかけについて公のエピソードは少ないものの、富良野市出身で中学は札幌市立あやめ野中学校に進学し全国大会に出場した経歴があり、
高校はバスケ強豪校に進むなど自身の才能と努力で道を切り拓いてきた印象です。
身内に有名選手がいるという報道もなく、むしろ指導者や仲間との出会いが彼のバスケ人生を形作っていったようです。
出身高校とそのバスケ界での評判
宮永HCの出身高校は東海大学第四高等学校(現:東海大付属札幌高)です。
北海道内屈指の強豪校で、宮永さん在学中の1999年インターハイでは全国準優勝を遂げています。
当時チームメイトには柏木真介選手(後にアイシンなどで活躍)がおり、北海道勢として決勝まで勝ち上がった快挙は地元でも大きな話題となりました。
決勝戦は新潟商業に惜しくも敗れましたが(96-60で新潟商業優勝、東海大四は準優勝)、
この実績により東海大四高校は「北海道の雄」として全国に名を轟かせました。
伝統的に北海道代表の常連校でもあり、宮永HCもその強豪校の主力選手として高校時代から頭角を現していたことがわかります。
ちなみに東海大四高は当時16年連続でインターハイ出場するなど北海道では抜群の強さを誇っていました。
出身大学・大東文化大学を選んだ理由と当時の評価
宮永HCは高校卒業後、関東の大東文化大学に進学。
進学の理由について本人の言及は明確には見つかりませんでしたが、当時の大東文化大は関東大学リーグ1部で上位進出を狙う勢いのあるチームでした。
事実、宮永さんが4年生だった2003年の全日本大学バスケットボール選手権(インカレ)で大東文化大は準優勝に輝いています。
関東3位から勝ち上がり決勝まで進む快進撃で、惜しくも日本大学に敗れましたが(当時の日大にはエース山田大治選手がおり優勝)、
宮永選手は主力ガードとしてこの躍進に大きく貢献しました。
大東文化大は伝統校ではありますが、当時は日本大や東海大などの壁に挑む挑戦者的立場でもあり、「自分たちの力で歴史を作る」という意気込みがあったようです。
宮永さんが同大を選んだ背景には、そうした挑戦環境への魅力や恩師とのご縁、また自身が伸び伸びプレーできる場を求めた可能性があったのかもしれませんね!
大学でも全国トップクラスの実績を残し、それがプロキャリアへの足掛かりとなりました。
大東文化大学出身の著名なバスケットボール選手
現役Bリーグ選手(B1/B2中心)
- 岸本 隆一(きしもと りゅういち) – 現所属:琉球ゴールデンキングス(B1)。2013年大東文化大卒のポイントガード兼シューティングガード。176cmと小柄ながら抜群の3ポイントシュート力と勝負強さで琉球の主力として長年活躍。新人時代に琉球で新人賞を受賞し、以降チームの複数回の優勝に貢献しました。日本代表候補・選手にも選出されていますgoldenkings.jp。
- 遠藤 祐亮(えんどう ゆうすけ) – 現所属:宇都宮ブレックス(B1)。2012年大東文化大卒のポイントガード/シューティングガード。186cmの守備に定評ある選手で、宇都宮一筋のキャリア。Bリーグでは優勝を経験し、ベストディフェンダー賞を2016-17・2018-19シーズンに受賞、2018-19シーズンはベスト5にも選出されていますja.wikipedia.org。日本代表強化合宿にも招集された経歴がありますbasketballking.jp。
- 中村 拓人(なかむら たくと) – 現所属:群馬クレインサンダーズ(B1)。2023年大東文化大卒のポイントガード。ルーキーシーズンとなった2022-23に広島ドラゴンフライズでB1新人王級の活躍を見せ、チームの初優勝に貢献。その後群馬に移籍しました。身長184cmとサイズがありゲームメイクと得点力を兼ね備えた若手PGで、2024年には日本代表にも初選出されていますdaito.ac.jp。
- 菊地 広人(きくち ひろと) – 現所属:レバンガ北海道(B1)。2024年大東文化大卒のシューティングガード。身長178cmと小柄ながら俊敏なプレーが持ち味で、大学ではエースとして活躍。レバンガ北海道ではルーキーシーズンから出場機会を得ています。
- 富山 仁貴(とみやま としき) – 現所属:佐賀バルーナーズ(B2)。2024年大東文化大卒のスモールフォワード/パワーフォワード(195cm)。在学中から特別指定選手として佐賀に加入し、B2で即戦力としてプレーbasket-count.com。身体能力とリバウンドに優れ、将来を期待されるフォワードです。
- 熊谷 航(くまがい こう) – 現所属:長崎ヴェルカ(B2)。2019年大東文化大卒のパワーフォワード(195cm)。信州や秋田などを経て2023-24より長崎でプレー。フィジカルを活かしたインサイドプレーが持ち味で、B2優勝・昇格にも貢献しています。
(上記の他にも、大東文化大出身の現役Bリーガーとして、小原良公(元FE名古屋→現アルバルク東京)、高島紳司(宇都宮ブレックス)、モッチ・ラミン(熊本ヴォルターズ、帰化選手)などがいます。彼らもそれぞれのチームで重要な戦力となっています)
日本代表経験者
- 岸本 隆一
- 遠藤 祐亮
- 中村 拓人
- 須田 侑太郎 – 2014年大東文化大卒(※在学中に東海大学へ編入)のシューティングガード。
アルバルク東京所属時の2017年に日本代表としてアジア杯などに出場経験があります。
大学時代はインカレ優勝こそなりませんでしたが卒業後プロで成長し、堅実な3&Dプレーヤーとして代表にも名を連ねました。
(この他、大東文化大OBで日本代表歴を持つ選手には、前述の岸本・遠藤のほか阿部友和(元北海道ほか)や金城茂之(元琉球)などがいます。彼らはいずれも過去に代表候補合宿招集や国内強化試合での選出経験があります。)
おまけ)「奥様(妻)がCAで『お姫様』と呼ばれている」というエピソードの真偽

ファンの間で囁かれている宮永HCの奥様に関する噂として、
「奥さんがCA(キャビンアテンダント)で、職場で『お姫様』と呼ばれているらしい」という話題があります。
ロマンチックで微笑ましいエピソードですが、結論から言うとこの話の真偽を裏付ける公式な情報は見当たりません。
宮永HCは2009年前後にご結婚されており、
お相手が客室乗務員だった可能性はあり有名ですよね。あのクールな宮永HCにお姫様と呼ばれてみたい..!笑
美男美女ご夫婦だろうな〜と想像しています!
まとめ
宮永HCが佐賀に来てくれてますます盛り上がりを見せている佐賀バルーナーズ。HCの隠れファンはかなり多く、今回は宮永コーチについて輝かしい実績を追いかけました!
今後の佐賀ばルーナーズの躍進が楽しみです。
GOGO!!SAGA!!


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